前向きニュース (2011年6月12日)


『3試合目』

ゲームセットの瞬間、グッときた。

熱くなった目頭に力を込めて、何気ない顔をして大久保コーチ、牛島コーチ、高橋コーチと握手を交わした。

「こんな試合を出来るようになったんだ・・・」

1か月前、あの惨敗をしたチームとは思えない内容だった。
自分達が教えてきた子達だけど、まるで違うチームを見ているような感じだった。


テンポのいい試合は、5回表を迎えていた。
60分の時間制限の志村大会で、しかもBチームの試合で、5回まで進んでいることだけでも驚きである。

タイセイ、ヒッシー、ユウスケ、シバ、シュウ、リュウセイの大きな声がベンチから聞こえる。
「応援しろよ!」って一度も注意することなく、1回からずっと、攻撃のときも守備のときも、ベンチの前に並んで大きな声を出し続けている。

両チーム合わせてエラー2つ、四死球2つのこの締まった試合。
相手チームとの違いを探すとすれば、このベンチからの応援の声の大きさだ。
今日の試合を勝てるとすれば、このベンチのメンバーの力も大きいな、そんなことを思いながらマウンドを見つめる。

マサトはここまで無四球。球数も30球程度しか投げていない。打たれてはいるが、いい球が来ている。
いつものように顔を赤くしながら、このマウンドは俺のもんだと言わんばかりの堂々たる様子だ。

この回が最終回ということは子供たちには伝えていない。
3対0。
こちらがリードしている。

先頭バッターにこの日5本目のヒットを打たれた。
よしよし、大丈夫だ、1つずつアウトを取ればいい。
この試合、タツマは盗塁を3つ刺した。
おかげで相手はビビって、盗塁を試みなくなった。
容易に2塁に行けないというのはとても安心だ。

今日のタツマの守備は別人のようだ。
ボールは逸らさない、盗塁は刺す、キャッチャーフライも捕っている。
何かが憑いたか、何かが落ちたか、見ていて安心できるのが怖い。

でも、打撃ではいつもの通りだ。
いや、ボテボテでも塁に出るからやっぱり何かが憑いているかも知れない。
その憑き物のせいだろうか、ランナーのタツマに盗塁のサインを出したら、こちらに向かってサインを出し返してきた。
?????
手旗信号か?
サインとは直接関係ない胸や帽子を触ってみる。
また、同じように返してくる。
?????
そして、ピッチャーが投げ終わったら走り出す。
でも、セーフ。
2塁から3塁へはサインもないのに盗塁する。
でも、セーフ。
やっぱ、憑いている。

しかし、考えてみるとこの試合、最初に憑いてると思ったのは、ハルトだった。

立ち上がり、セカンドへのフライを捕ろうとしたハルトとリョウタローが交錯。
二人とも倒れたが、ハルトがボールを離さず、最初のアウトを取った。
これがこの試合のスタートだった。
その裏、ハルトが先頭打者での初球、目の覚めるようなヒットを左中間に。
見たことのないような素晴らしい当たりだった。
あのときまでハルトには何かが憑いていた。
しかしその後、ノーアウト2塁のチャンスでけん制アウト。
憑き物は落ちたようだ。

2回にもノーアウト2塁のチャンスを2塁けん制アウトでつぶした。
嫌な展開だった。
そんな嫌な展開の中で、タツマが盗塁を刺し、3回にはボテボテヒットで塁に出て、わけわからず3塁まで行った。
そして今日2番起用のトモヤ。
頼りになるトモヤはここで見事にレフトオーバーの2ベースヒット。
だんだんトモヤに風格が出てきた。
1塁の守備でもフライを2つ難なくさばいて、安心して見ていられる。
今朝の打撃練習中、うまくいかなくて少しふてくされかけた。
以前、練習中にそういう態度を取ったら試合にださない、と厳しく言ったから、もしそのままふてくされたら出さないつもりで見ていた。
でも、ふてくされそうな自分を抑えている様子がうかがえる。
しばらくしてから「トモヤ、ふてくされたな」とからかい半分に言ったら苦笑いをした。
そんな風に返せるようになったのも成長した証拠だ。

今日はいい当たりのヒットが何本も出た。

点には結び付かなかったが、リョウタロウのセンター前もいいヒットだった。
前の試合からBチームになったリョタロウが一人いるだけで、チームが締まる。
こちらも内野のどこでも安心して任せられるし、打撃は期待できるし、助かる。
派手な活躍はないけれど、チームを引き締めてくれた。

ユウトも2試合続けてヒットを打った。
自分の得意な球をつくれとけしかけたら、真ん中低めを得意と決めたようだ。
そこに来た球は逃さなくなった。
高めの空振りばかりだったユウトだが、ここにきて、球を見極められるようになってきた。
力はあるし、ちゃんと野球を覚えれば、まだまだうまくなる。

最終回、相手の攻撃。
ノーアウトのランナーを1塁において、次打者への投球がすっぽ抜けた。
ワイルドピッチかと思ったが、球はバットに。
ラッキーと思ったら、デットボールのアピール。ヘルメットに当たったことが認められて、ノーアウト1,2塁になった。
ちょっと緊張。
こうなると3点差あることがゆとりを与えてくれる。

前の回、ショウがヒットで出る。盗塁で2塁へ。
ユウトのショートゴロ。
ショウは飛び出さずに、ショートが1塁へ投げるのを見てから3塁に進んだ。
お~、ちゃんとそんな走塁が出来るんだ。
いつも上級生と一緒に練習している成果をみんな少しずつ吸収している。
何をしなくちゃいけないかはわかってきた。あとは、それが出来るかどうか。
ショウはそれが少しずつできるようになってきている。

次打者はショウゴ。
得意のたたきつける打撃はしかし、キャッチャーフライ。
その場に立ちつくすショウゴ。
「コラ!走れ!」
聞こえない。
「はしれ~!!!」
ボールが落ちたところで我に返ったかのように走り出すショウゴ。
フェアグランドに落ちたボールをピッチャーが触ってしまいフェアに。
セーフ。
その間に3塁ランナーショウがホームへ入り2点目を掴んだ。
こいつにも憑いている。

しかし、叱られたショウゴは、1塁ベース上で顔が白くなるのがわかった。
見た目にも憑いてる感じになってしまった。
盗塁のサインを出す。
顔はこちらを向いているが、明らかに見えてない。
2球目、まだサインを見ない。
あきらめた。
「走れ~!!!」
サインではなく、命令になってしまった。

2塁けん制気をつけてな、と祈るような気持ちでいたら、パスボールで3塁へ。
憑いている。
そして、タツマの内野安打の間に貴重な3点目のホームを踏んだ。

5年生の4人が全員得点に絡んだ。
良い感じだ。
このチームは5年生のチームだ。
5年生はその自覚を持ってほしいと思い、試合後のミーティングでは5年生にだけ一言づつしゃべらせてきた。
俺たちがチームを引っ張る、そんな雰囲気がやっと出てきた。

最終回。
ノーアウト1.2塁のピンチを迎えて、ベンチの声援は更に大きくなった。
途中で交代したリュウセイも、自分の出来ることをしようと懸命に声を出している。
代打で代わりに出たタカノは、緊張しながら、1塁へのけん制カバーの意識を持った動きをしている。

バッターの打った打球は、キャッチャーへのファールフライ。
反応よくタツマがキャッチ。
1アウト。
次打者は、また一塁側へフライ。
またしてもタツマが手を挙げる。
足元に転がっていたバットとヘルメットをよけ、少し難しいそのフライをキャッチ。
ベンチの後ろ応援席から大歓声が湧きあがった。

キャッチャーフライなのに上を見ないで前ばかり見ていたタツマが、こんなに上手にキャッチャーフライを捕るなんて。
憑き物は健在だ。

最後のバッターの打球はサードゴロ、これをショウがしっかり捕って、1塁へ。
素晴らしい送球だった。

「アウト~」
ゲームセット。

子供達はみな弾けるような笑顔で嬉しそうに並んだ。
その姿が何だかとても立派に見えた。

「いい試合だったね」
役員席から藤田コーチが労いの握手をしに来てくれた。
感激屋の藤田コーチは泣きそうな顔をしていた。
つられまいと口を結ぶ。

次の試合に向けて、試合後ミーティングをしていたとき、これで会長杯優勝だと知らされた。

選手も父兄も大喜びだった。
たった2勝だが、優勝は優勝。
そばを通るファイターズからも祝福された。

その時僕は、嬉しさより、この緊張感の中でもう一試合このチームでやりたかったな~という思いの方が強かった。

連休前から1月半、あの惨敗から1カ月、こんなに急成長した姿を見たら、監督やらせてもらってよかったな~とつくづく思う。

まったくもって少年野球は、こういうのがあるから続けちゃうんだよな~、と改めて思った。

先週シュウタが、監督を勝たせてやりたかった、などと生意気なことを言っていたが、素直に感謝するよ。
ありがとう、こんないい試合見せてくれて。

惨敗して、勝たせてもらって、勝ち取って、いい3試合だった。

今日の憑き物が本物になりますように。

池谷